『夢十夜』より「第一夜」を読む -2-

小説の〈語り手〉は…
❶知覚して言葉が生まれる体験
❷思考して言葉が生まれる体験
❸行動して言葉が生まれる体験etc
[〇〇して言葉が生まれる体験]をしていると考えて、「第一夜」の〈語り手〉である男の[言葉が生まれる体験]を探ってみましょう♪
【①】
①の男の身体は、寝起きでぼーっとしているように感じます。(あー自分、いま夢見てたなー、きれいな女がいたなー、穴ほったなー…)と記憶をゆるくたどりながら、「こんな夢を見た」という言葉が生まれたのでしょう←❷。さっそく②から夢の世界に戻っていってますから、①はしっかりと覚醒して語るのではない、のでしょうね(^^)
【②】
②は時間軸の行ったり来たりが面白いと思いました。この②のシーンで、女は2回「もう死にます」と言ってる?それとも1回?
最初の文は、3つの語りでできていますね。「腕組をして枕元に坐っていると」と、「仰向に寝た女が」と、「静かな声でもう死にますという」の3つ。
この男、ぼーっとした頭で語り始めるのでしょう。(自分、なんだか腕組んでるよな〜、場所は…枕元なんだろうな〜)程度の認識から、「腕組をして枕元に坐っていると」という言葉が生まれ←❷❸、仰向きに寝た女の存在を(なんだか女が仰向きに寝てるな〜)くらいになんとなく感じて、「仰向に寝た女が」という言葉が生まれ←❷、そのうちに、(女がなんかしゃべってるな〜、“もう死にます”って言ってる…)という感じで、「静かな声でもう死にますという」←❶❷という言葉が生まれた、と、こんなふうに考えるのが妥当でしょうか。
次の発話の前に、男は、(もう死ぬってどういうこと⁈)という感じの心持ちで、仰向けに寝た女を“見る”のでしょうね。男の“見る”という能動的な行為は、ここではじめて生まれたように感じます。
あ、男はまず髪に目がいったようですね!「女は長い髪を枕に敷いて」という言葉が生まれた←❶❷。“枕に敷いて”という言葉が生まれちゃうくらいだから美しいツヤツヤの髪かしら…。次に顔を見て言葉が生まれていますね。「輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている」と、一気に言葉があふれました←❶❷。美しい髪と整った目鼻立ちの美人を見た悦びがあるように感じます。また、観察する意識が、あっという間に、見惚れる感覚に変わったのも感じます。次には頬を見ますが、“真白な”とか“程よく”とかの言葉選び、どうですか?あきらかに好意ですよね⁈最後は唇を見ますが、“無論”っていう言葉が生まれちゃいました、理想の女がそこにいるようですね(^^)
そして、観察した(愛でた⁈)結果、判断して「到底死にそうには見えない」という言葉が生まれたのでしょう←❸。
いよいよ次の文が問題の箇所です。女を見たあとに、女の静かな声を聞くのでしょうか?…たぶんそうではなく、女を見る前に聞いたのを思い出しているのでしょうね。「もう死にますとはっきり云った」と過去形です←❸。聞いたときに、(死ぬんだ)と思ったことも思い出して、「自分も確にこれは死ぬなと思った」という過去形の言葉が生まれた←❸。こう考えるのが、妥当でしょう。
少し前には死ぬなと思ったけれど、いまは死ぬと思えない。不可解だから解明しようとしたときに、「そこで」と気持ちを前に進ませて、「そうかね、もう死ぬのかね」という発話・上から覗き込む行為とともに「と上から覗き込む様にして聞いてみた」という言葉が生まれたのだと考えられますね←❸。
女を見ながら返事を聞いて、心も動いていますね、「死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた」という言葉が、男から生まれました←❶❷。「女は眼を開けた」でも、「女はぱちりと眼を開けた」でも、「女はぱちっと眼を開けた」でもなく、「女はぱっちりと眼を開けた」です。この作品世界には、ゆったりとした時間が流れているように感じますが、“ぱっちりと”という男の語りぶり、どうでしょう!女が眼を開ける様子はさらにゆっくり…この男にとっては、まるでスローモーションの動きのように印象的だったのではないでしょうか(⑧にある“ぱちりと”と比較してみると面白そうですね)。さあ、男は、女の眼を見ますよ。きっとうっとりとしたため息とともに「大きな潤のある眼で」という言葉が生まれ←❶❷、長いまつげを軽く愛でて眼の中を覗き込みながら「長い睫に包まれた中は」という言葉が生まれ←❶❷、その真黒の広がりに心揺さぶられながら「只一面に真黒であった」と言葉が生まれたのでしょう←❶❷。さらに覗き込んでしまう…きっと吸い込まれるような感じなのだろうな…「その真黒な眸の奥に」という言葉が生まれ←❶❸、そこに自分の姿を発見して、そして感動して、「自分の姿が鮮に浮かんでいる」という言葉が生まれたのかもしれません←❶❷。改行で、時間の長さを感じます。男が感動している時間なのでしょうか。理想の人の眸を覗き込むと、自分が鮮やかに浮かんでいたら…、そりゃあわぁ〜ってなりますよね(≧∀≦)
【①】と【②】について、左脳で受け取った言葉を手がかりに右脳(想像力)を使って、〈語り手〉である男の[言葉が生まれる体験]を探りました。今度は、男の[言葉が生まれる体験]の一つひとつを、わたしたちが自分ごととして体験してみましょう!自分の身体を実験台にして、脳と身体がどのように連動するのか…を面白がって観察しましょう♪ワクワクしますね(^^♪
引き続き【③】以降も、脳と身体を使って、この男を深く理解してまいりましょう!男を深く理解することで、男の体験を、わたしたち自身の体験にしましょう!これが、小説を読むということ。小説を本当の意味で読めたときに、わたしたちは、未知の感情や瑞々しい心情に出逢うことができるのでしょう。(←もちろん脳は成長してますよ♪)
体験しなければ出逢えない感情や心情…このような言葉にできない、言葉では伝えられないものを、漱石先生は、言葉を駆使して届けようとしてくれているのですね…(TT)
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