小説の〈語り手〉を追体験して(=朗読して)、新しい体験を増やす♪

小説は、すぐ解釈するものではなく、まず体験するもの。作品世界を、(他人事ではなく)自分ごととして体験することで、わたしたちは、新鮮な感覚や瑞々しい心情に出逢うことができます♪
小説には、小説を語り進める〈語り手〉がいて、わたしたちに、どのように体験すればよいかを教えてくれます(^^)
〈語り手〉を無視しないようにしましょう。なにが語られて(書かれて)いるかに終始せずに、どのように語られて(書かれて)いるかに注目しましょう!
わたしも含めて多くのかたは、不注意で、もしくは、慣れていらっしゃらないせいで、〈語り手〉を無視してしまいます。繰り返しになりますが、〈語り手〉を無視しないようにしましょう。蔑ろにしないようにしましょう。〈語り手〉のことを理解しようとしましょう、歩み寄りましょう!
・どうしてここで読点はついた(=間は生まれた)のだろう?/つかなかったのだろう?
・どうしてここは鉤括弧がついている(=登場人物本人に発話させる)のだろう?/ついていないのだろう?
・どうしてここで段落は変わったのだろう?/変わらなかったのだろう?
・なぜ〈語り手〉からこの言葉が生まれたのだろう?
・なぜ〈語り手〉からこの順序で言葉が生まれたのだろう?etc…
このように脳で(=考えて)〈語り手〉理解を試み、さらに身体も連動させて(=〈語り手〉と同じ体験を試みて)〈語り手〉理解を深めます。このような取り組みを重ねることによって、わたしたちは、〈語り手〉の体験を、自分の体験にすることができるのですね♪
小説は体験するものです。自分ごととして体験しようとするとき、わたしたちの脳は、新しい枝葉を伸ばしてグングン成長していきます(≧∀≦)
作品を読み始めたころと、朗読で体験した後とを比べると、見えている世界がどれほど違っているか、豊かになっているか。実感するでしょう?
それは、わたしたちの脳が成長した証拠ですね!
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